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熊本地方裁判所 平成4年(わ)86号 判決 1992年7月03日

本籍

熊本県熊本市鶴羽田町五一〇番地三

住居

同右

会社員

荒木正春

昭和一九年一二月二一日生

被告事件名

所得税法違反

出席検察官

木野秀器

弁護人(私選)

堀江憲二

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、東京都新宿区歌舞伎町二丁目二八番一三号所在の第一和幸ビル地下一階ほか一か所において、「バロン」等の名称でゲーム喫茶店を経営していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右ゲーム喫茶店の営業収支を明らかにする帳簿等を破棄し、かつ、売上によって得た資金を仮名の定期預金等として留保するなどの不正の行為により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和六一年分の総所得金額が一億四八八〇万八七〇一円で、これに対する所得税額が九一七〇万三八〇〇円であるにもかかわらず、所得税確定申告書の提出期限である昭和六二年三月一六日までに所轄淀橋税務署長に対し同申告書を提出せず、もって、不正の行為により、昭和六一年分の所得税九一七〇万三八〇〇円を免れ

第二  昭和六二年分の総所得金額が四五五六万五五二〇円で、これに対する所得税額が二〇一四万一〇〇〇円であるにもかかわらず、昭和六三年三月五日、熊本市二の丸一番四号所在の所轄熊本西税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が三六〇万円でこれに対する所得税額が三三万九一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税一九八〇万一九〇〇円を免れ

第三  昭和六三年分の総所得金額が九三三一万一三四二円で、これに対する所得金額が四六六六万七一〇〇円であるにもかかわらず、平成元年三月三日、前記熊本西税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が六七一万三八五〇円でこれに対する所得税額が八七万七六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税四五七八万九五〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官及び大蔵事務官(平成二年一〇月一六日付け、同月一七日付け、同月二二日付け、同月二五日付け、同年一一月一九日付け、同年一二月一一日付け、同月一四日付け、平成三年二月六日付け二通、同月一四日付け、同年三月七日付け二通、同月一四日付け二通、同月二〇日付け、同月二二日付け、同年四月二日付け、同月四日付け、同年五月二九日付け、同月三〇日付け、同年七月一七日付け)に対する各供述調書

一  荒木容子及び荒木誠也の検察官に対する各供述調書

一  石塚等の検察官に対する供述調書の謄本

一  荒木清春、野田晴美、杉山弘安、前田秀文、後藤公男及び杉本修寺の大蔵事務官に対する各供述調書

一  被告人作成の証明書(三通)、印影確認書及び証拠品提出書

一  前田秀文及び水本幸次作成の各上申書

一  大蔵事務官作成の臨検てん末書

一  大蔵事務官作成の領置てん末書

一  大蔵事務官作成の検査てん末書一通

一  大蔵事務官作成の平成二年一二月二一日付け及び平成三年三月一三日付け各査察官報告書

一  相馬順一作成の現金調査書、普通預金調査書、定期預金調査書、貸付金調査書、未収金調査書、建物付属設備調査書、機械調査書、営業権調査書、保証金調査書、事業主勘定調査書、借入金調査書、事業主借勘定調査書、元入金調査書、不動産所得調査書及び利子所得調査書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料

一  山田英樹(四通)、河合茂(五通)、中村次男(六通)、松崎朗(四通)、越仲喜一郎(八通)、臼井甲一(三通)、大澤功二、井芹一美、山口拓男及び中野勲作成の各証明書

一  犬塚博昭作成の電気使用料金の照会回答書

一  野田博之作成の電気使用料金の照会回答書

一  山本豊作成の水道使用料金の照会回答書

一  赤星博幸作成のガス使用料金の照会回答書

一  福山安男作成の「申告所得税昭和六三年分修正申告及び平成元年分確定申告のことについて」と題する書面の謄本

一  熊本西税務署長作成の領収済通知書の謄本

第一及び第二の各事実について

一  被告人の大蔵事務官に対する平成三年四月二六日付け供述調書

一  酒徳真治及び平良清の検察官に対する各供述調書

第一の事実について

一  被告人作成の昭和六一年分の所得税の確定申告書の謄本

一  上地政史の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官作成の平成二年一二月一八日付け査察官報告書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(昭和六一年分についてのもの)

第二及び第三の各事実について

一  被告人の大蔵事務官に対する平成三年五月二三日付け供述調書

一  澤田昌顕の検察官に対する供述調書

一  福山安男の大蔵事務官に対する供述調書

一  検察事務官作成の電話聴取書

一  検察事務官作成の捜査報告書

第二の事実について

一  被告人作成の昭和六二年分の所得税の確定申告書の謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(昭和六二年分についてのもの)

第三の事実について

一  被告人の大蔵事務官に対する平成三年七月二〇日付け及び同年九月九日付け各供述調書

一  山崎勝則の検察官に対する供述調書

一  被告人作成の昭和六三年分の所得税の確定申告書の謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(昭和六三年分についてのもの)

(確定裁判)

被告人は、平成二年二月二八日東京地方裁判所において常習賭博罪により懲役一年に処せられ(四年間執行猶予)、右裁判は同年三月一五日確定したものであって、この事実は前科調書及び判決書(右前科についてのもの)によって認める。

(法令の適用)

罰条 いずれも所得税法二三八条一項、二項

確定裁判・刑法四五条後段、五〇条

併合罪の処理 懲役刑については同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第一の罪の刑に法定の加重)、罰金刑については同法四八条二項

(量刑の理由)

本件は、ゲーム喫茶店の経営を装ってゲーム機賭博によって取得した収益の所得税を免れようと企てた被告人が、収益金を家族や多数の架空名義の定期預金に預け入れるなどの方法により所得を秘匿したうえ、所得税確定申告書を提出せず、あるいは虚偽過少の所得税確定申告書を提出して三年度分合計一億五七二九万五二〇〇円の所得税を免れたという事案である。脱税の元となった収益がゲーム機賭博という違法行為によって得られるものであるから、本件各犯行は当初から脱税を意図してなされた計画的なものであり、そのほ脱率は一〇〇パーセントないし九八・一パーセントと極めて高率であるうえに、そのほ脱額は巨額である。そして、被告人は従業員の店長に危険手当てとして月当たり三〇万円を支給して経営者として振る舞わせ、自分はゲーム喫茶店を店長に賃貸しているように仮装し、あるいは店名を次々に変更するなどして司直の追求を免れ、このようにして取得した収益金については多数の架空名義等の定期預金に預け入れるなどして所得を隠ぺいし、昭和六一年分については所得税確定申告書を提出せず、昭和六二年分及び昭和六三年分については右仮装した賃貸契約による賃料収入のみを計上した所得税確定申告書を提出するなどその態様は巧妙かつ悪質である。本件のように巨額にのぼる脱税事犯は大多数の誠実な納税者の納税意識を著しく阻害させるものであることに照らすならば、被告人の刑責は厳しく問われなければならない。

そうすると、被告人が本件と裏腹の関係にある常習賭博罪で懲役一年(四年間の執行猶予)に処せられたうえ二一七〇万二〇〇〇円を追徴されるなどしてすでに制裁を受けていること、本件が実刑になると右執行猶予が取り消されること、査察段階から反省、恭順の態度を示し、査察調査や捜査に協力的であったこと、本件脱税額を修正申告により全額納付したほか延滞税の全額と地方税の大半を納付し、地方税の残額と重加算税についても納付する予定であること、現在では環境保全に役立つ商品の販売業を営み、被告人がいなくなるとその経営が成り立たなくなること、被告人は妻と幼児二人を養育すべき立場であることなど被告人に有利な事情を参酌しても、本件の責任の重さに加えて、近時脱税に対する非難の度合いが一段と強くなっていることをも考慮すると、被告人に対して実刑をもってのぞむこともやむを得ないものと考え、主文のとおり量刑した。

(求刑懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円)

(裁判官 江藤正也)

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